2017年12月31日

青学・原監督「管理職の仕事は管理じゃない」 常勝軍団を率いる名将が明かす人の育て方(東洋経済オンライン)

青山学院大学が箱根駅伝を面白くする(かも)日刊イトイ新聞http://www.1101.com/ikushima/index.html

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青学・原監督「管理職の仕事は管理じゃない」 常勝軍団を率いる名将が明かす人の育て方(東洋経済オンライン)2017.1.4

月3日に復路を終えた第93回箱根駅伝は青山学院大学の3連覇、史上4校目の大学駅伝3冠で幕を閉じた。かつては本戦出場もかなわなかった弱小チームをここまで強くした原晋監督。著書『フツーの会社員だった僕が、青山学院大学を箱根駅伝優勝に導いた47の言葉』でも触れている強いチームを作るうえでの監督の役割について明かします。
 無事に箱根駅伝3連覇、史上4校目の大学駅伝3冠を達成することができました。これで、青山学院大学陸上競技部(以下、青学陸上競技部)も強豪校というポジションを確立できたのではないかと思います。

2015年の「ワクワク大作戦」、2016年の「ハッピー大作戦」に続き、今回の作戦名は、「サンキュー(3+9)大作戦」。このキャッチフレーズは、現体制になって9度目の箱根駅伝出場と感謝の気持ちからつくりました。選手たちは、この思いとともに、笑顔で駆け抜けてくれました。彼らは、2020年の東京五輪に向けた貴重な戦力になると思います。そして、彼らを、箱根駅伝を通して成長させることが私の役割だと思っています。
相談してくる人」に育てる
 強いチームをつくるうえでの監督の役割についても、よく聞かれる質問です。
 私の理想は、監督が指示を出さなくても部員それぞれがやるべきことを考えて、実行できるチームです。つまり、指示待ち集団ではなく、考える集団。言葉にするのは簡単ですが、考える集団をつくるには、土壌づくりと同様に時間が必要です。
 私が最初に取り組んだのは、「相談できる人」に育てることです。相談するとはどういうことかを部員に教えることから始めました。
 たとえば、選手が「足が痛いです」と私に言ってきたとします。それは相談ではなく報告です。だから私は、選手にこう問いかけます。「それで?」、続けて、「どこがいつから痛いの?」「治るまで1週間? 10日? 1カ月?」と質問を広げていきます。
 さらに、「治るまで1カ月かかるなら、いつまでに治すように努力するの?」「それまでにできるトレーニングはA・B・Cがあるけど、どの方法でやってみたい?」と具体的にしていきます。
 そして、「今回はトレーニングAにしたいと考えていますが、監督はどう思いますか?」と自分で答えを出すところまで求めます。そのとき、それが本当の相談であると部員に話してあげるようにしています。
自分で考えるまで忍耐強く待つ
 部員からの提案を嫌がる監督もいますが、それだと、監督の指示を仰ぐ部員やスタッフばかりになってしまいます。

たとえば、陸上競技部のマネジャーが夏合宿の練習時間について、「今日のスタートは何時にしますか?」と聞きに来たとします。指示を出したい監督であれば、「○時からこのグラウンドで、こういうトレーニングをする」と伝えて終わりでしょう。
 でも、それではマネジャーは御用聞きになってしまい、何も得るものはありません。天候、気温、風、グラウンドコンディション、練習場の選定など練習時間を決めるさまざまな要素から、マネジャー自身が答えを出して、「今日は日中の気温が30度を超えるので、練習時間は遅めの午後4時半からにしませんか?」と相談に来る。
 これが、今の青学陸上競技部です。その提案に私が納得できれば、「それでいいんじゃない」と答えます。
 自分の提案が通ると、それはマネジャーにとってひとつの成功体験になります。
 自分の考えが反映されたとなれば、次はさらに詳しく状況を調べて、よりよい練習環境を整えようとします。
 このレベルに部員が育つまでには、やはり時間が必要です。初期の段階は教えることがたくさんありました。考える習慣がない部員に「さあ、考えなさい」と言っても無理。だから、監督に就任した頃は、私が話すことが多かったと思います。ただ、考えるための材料は与えても、できるだけ答えは出しませんでした。そうすると、なんとか自分で答えを導き出すしかありませんから。
 私は、彼らが答えを出すまでとことん待ちました。チームが考える集団になれるかどうかは、監督の忍耐強さにかかっています。新しい習慣を身に付けるのですから、時間はかかって当然です。青学陸上競技部の部員に考える習慣が十分浸透してきたなと感じ始めたのは、監督になって7、8年目のことでした。
管理職の仕事は、管理することではない。感じること。
 チームに考える習慣が浸透してくると、監督の立ち位置も変わってきます。考えて、答えを出して、相談できるようになると、個々に考えるだけではなく自主的に話し合いをするようになります。青学陸上競技部でも学年を飛び越えた話し合いをよく見かけるようになりました。
 考えるということは、縦のつながりも横のつながりも生み出すということです。営業職の方が宣伝部、人事部など他部署に社内ネゴシエーションするようなものです。
 ここまで成熟したチームになると、監督が前面に出る必要はなくなります。成熟するまでは教える立場ですが、成熟したチームになると、変化を感じ取るのが主な仕事になります。
 グラウンドでの定位置は、チームから離れた場所。私はそこからチーム全体の雰囲気を見ています。ハードなトレーニングに耐えられているかどうか、目標達成を焦って追い込み過ぎていないかどうか、キャプテンはチーム全体をうまくまとめているか、4年生がリーダーシップを発揮して統制の取れた雰囲気になっているかどうかなど、選手たちの動きを遠くから眺めています。
 そして、選手たちが間違った方向へ傾きかけていると感じたときだけ動きます。
 たとえば、ウォーミングアップをしている部員の姿に緊張感が足りないなと思ったときは、部員の側に近づきます。いつもは遠くで見ている監督が近づくだけで、部員は自分たちの状態を察知します。部員が緊張感のなさに気づけば、私はまた、定位置に戻ります。
 近づいても気づかないときは、さらに近づいて“あー”“なんだなあ”とつぶやきます。今のチームであれば、それだけで十分です。
 就任した当初は怒ったこともありましたけど、今は怒るよりも諭すことが多くなりました。チーム全体を俯瞰で見ているのは監督ですから、感情的に怒るよりも言葉でじっくり諭したほうが部員の心に響くものです。
 監督としてチーム状況の些細な変化を感じるために必要なのは、本気で観察することです。日頃から注意深くチームを見ていると、後々大きな問題になりそうなちょっとした変化に気づけるものです。
変化は真剣にチームを観察していれば必ず気づく
 チーム内に何かが起きて雰囲気が変わると、部員にいつもと違うところが現れます。話している内容だったり、表情や仕草だったり、食堂で座る場所が変わっている場合もあります。その違いは真剣にチームを観察していれば、必ず気づきます。
 だから私の定位置は、チームから離れた場所になるのです。
 青学陸上競技部の練習を見に来た人が私の姿を見て、「怠けているなあ」と言ったこともありました。
 でも、私の考えではチームから離れて見ていないと監督の仕事はできません。エンジン全開でこちらの部員、あちらの部員と精力的に指示を出している監督もいますが、それはチームがまだ成熟していない証拠です。あるいは、こと細かに指示を出さないと気が済まない監督だと思います。
 チームが強くなるほど、監督の「見る」仕事は増える。それが成長したチームの理想形です。その状態を維持できるチームこそが常勝軍団だと私は考えています。

青学・原監督「管理職の仕事は管理じゃない」 常勝軍団を率いる名将が明かす人の育て方(東洋経済オンライン)2017.1.4

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青学・原監督が明かす「強いチームの作り方」常識を疑い、土壌を整え、成長を促す

青学陸上競技部は私が2003年に監督へ就任した当時は、箱根駅伝の予選会さえ通過できない弱小チームでした。ようやくチームが結果を出し始めたのは2009年。33年ぶりに予選会を突破し、総合8位に入賞して44年ぶりにシード権を獲得。そして2015年に初優勝。2016年には1区から一度も首位を譲らずに完全優勝を果たしました。
そして迎えた2017年の箱根駅伝。完全優勝を果たした昨年のチームを、史上最強軍団と呼ぶ人たちもいます。昨年と比べると戦力が落ちるんじゃないかとも言われています。しかし、記者発表の席上でも言いましたが、「ほぼ全員が自己記録を更新し、実業団並みに成長することができました。」。今回も自信を持って箱根駅伝に挑みます。
「業界の常識」を疑え!
「毎年上位争いをする強いチームをつくるノウハウとは?」
そんなことをよく聞かれます。私のノウハウは、監督就任前の営業マン時代に学んだことばかりです。
強いチームをつくるうえで、まず必要なことは、「業界の常識を疑うこと」です。世の中にあるさまざまな業界、業種には、そこだけで通じる常識があります。中にいると気づかないかもしれませんが、その常識は、世間の常識と比較すると、ときに非常識と思えるものや時代遅れになっているものがあります。

私が、そのことに気づいたのは、サッカー選手の先輩に対する呼び方でした。
サッカー選手は、試合中、選手が先輩・後輩の垣根なく「君」付けで呼んだり、ニックネームで呼び捨てにしたりしています。先輩は後輩にとって常に敬意を払う存在だと教えられてきた私には、とても違和感があります。
それでは、サッカー選手は先輩に敬意を払っていないのかといったらそんなことはない。常に瞬間的な判断力を求められるサッカーの試合で、先輩に敬意を払っている時間はないということです。理由を聞けば納得です。
陸上界に戻ってきたときは、逆の意味で、驚きました。私の現役時代と変わらない常識が通用し、指導法もまったく変わっていなかったからです。時代は確実に変化し、人間の思考や行動も変化がしているのに、陸上界は何も変わっていない。私から言わせると、それは「退化」でした。
同じ場所に長くいると、時代の変化に気づかないだけでなく、気づこうとさえしなくなります。そういう組織だと、仮に新たな指導法があっても、「ああいうものはダメだ」と試すことも、調べることもせずに否定し、拒絶してしまいます。
これでは、チームを強くできません。
業界という小さな世界に固執して、大きな世界の流れを直視しないと、時代遅れどころか手遅れ。新しい発見やアイデアは外と交わることで生まれます。そのほうが業界内の常識を時代に合わせてダイナミックに転換できると、私は考えます。
誰がやっても強い組織をつくる
強いチームをつくるには、時間がかかることも忘れてはならないことです。
人は結果をすぐに求めたがりますが、強いチームをつくるための土壌、つまり環境を整えるには相応の時間が必要です。そして、その土壌ができれば、誰が監督になっても強いチームであり続けることができます。
スポーツ界では監督が変わることで弱体化する光景をよく見ますが、一般の企業はどうですか? 経営者が変わってもそれまでと同じ、あるいはそれ以上に成長していく企業はたくさんあります。スポーツ界でも同じことができるはずです。
常勝軍団になるには、土台となる環境づくりがとても大切です。土壌が腐っていたら、いくらいい種でも芽は出ません。私は選手が育つ土壌をつくるまで10年以上という時間を費やしました。
仮に就任当初に初めて箱根駅伝に総合優勝した2016年のメンバーがそろっていても優勝は難しかったと思います。選手の素質だけである程度の結果は残せたかもしれませんが、強豪大学と競り合って上位争いをすることはできなかったでしょう。スピードが大切な時代とも言われますが、土を耕す時間を与えずに結果だけを求める現状には疑問を感じます。

ビジネスの世界にも同じことがあると思います。新入社員をじっくり育てる余裕もシステムもなく、いきなり現場に投入する。結果が出なければ、「デキない社員」の烙印を押す。上司はそういう社員のミスを恐れて、仕事を抱え込んでしまう。
どう考えても組織にいい影響を与えるとは思えません。そういう組織は、土壌がどんどん枯れていって、やがて芽が出ない畑になってしまいます。だからこそ、強いチームをつくりたいなら、まず目を向けるべきは環境づくりなのです。
目標管理ミーティングで成長を促す
環境づくりのひとつとしてチームに取り入れたのが、選手個々の目標設定と管理でした。利益を追求する企業では当たり前のノウハウですが、私が就任した当時の青学陸上競技部にはありませんでした。
選手それぞれの目標に対する意識が希薄だと、選手は監督の指示に従うだけになります。グラウンドに行っても監督が指示を出すまでその日どんなトレーニングをするのかわからないようでは、競技能力のレベルアップを図れるわけがありません。
青学陸上競技部は、選手個々に目標を設定させるだけでなく、ランダムで5、6人のグループをつくり、目標管理ミーティングを行っています。
ランダムにする理由のひとつは、学年、レギュラー、控え選手、故障中の選手、その区別なくグループをつくることで、お互いの目標を客観的に見直せるからです。それによって、より達成可能な目標を設定できるようになります。
もうひとつの理由は、チームに一体感が生まれるからです。主力選手だけ、故障中の選手だけのグループにすると、どうしてもチームが分断されます。それぞれの立場で、それぞれの思いを知ることで、はじめてチームとしてまとまります。
たとえばどうしても焦ってしまいがちの故障者に、経験者がアドバイスを送るだけで、その選手は安心感を覚えて、無理をせずに回復に努められます。学年が違う部員がそろえば、下級生は目標設定ミーティングの意味を理解するし、上級生は人を指導するリーダーとしての立場を経験できます。

企業でも同じように社員を育成しているはずです。営業成績のいい社員が新入社員の面倒を見ながら、指導者として、営業マンとして成長していく。私はそのノウハウを、目標設定ミーティングとして、青学陸上競技部に導入したということです。
チームが成熟した今の青学陸上競技部では、私が言わなくても部員間で自発的に目標設定ミーティング行っています。誰が監督になっても強いチームとは、このように選手それぞれがやるべきことを理解しているチームです。
青学陸上競技部も、ようやくそういうチームになってきました。個々の成長は、チームの成長に直結する。それを実現するには、業界の常識にこだわらず、時間かけて人が育つ土壌をつくることが欠かせません。

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青学・原監督が「言葉の力」を重視するワケ箱根駅伝39年ぶり完全優勝の秘密 五百田 達成 :作家、心理カウンセラー 2016年01月11日
去る1月2日・3日と行われた第92回箱根駅伝は、青山学院大学が2年連続2度目の総合優勝を果たしました。1区から10区まで一度もトップを譲らない完全優勝は実に39年ぶりの快挙。さらには今回の優勝メンバー10人のうち、卒業で抜ける4年生は4人だけ、と来年以降も「盤石の青学時代」が続きそうな気配です。
指揮を執る原晋監督は、昨年、青山学院大学を初優勝に導いた人物。「奇跡の立役者」と大変な話題になりました。注目されたのは、本人に箱根駅伝の出場経験はなく、元中国電力の営業マンから転身したという異色の経歴からだけではありません。「”チャラい”は、ほめ言葉」「監督の言うことをそのまま聞くような選手には興味がない」など独特なコメントでも大いに目立ち、昨年1年間、メディアや講演会から引っ張りだこでした。
その指導法は、選手の自主性を重んじてのびのびと走らせるもの。いわゆるスパルタ体育会系のイメージと逆行していて、とてもイマドキなように見えますが、それは当然リスクもはらみます。結果がすべてのスポーツの世界ですから、今回優勝を逃せば「やはり昨年の優勝は偶然だった」「そんな甘い指導法だから弱くなったんだ」と批判にさらされかねません。そんなプレッシャーをはねのけての、見事な連覇でした。
原動力のひとつは「言葉の力」
原監督は、指導方針としてしばしば「言葉の力」を挙げています。
「ワクワク大作戦(2015年大会)」「ハッピー大作戦(2016年大会)」など自らキャッチフレーズをつける力に長けているだけでなく、選手たちの言葉の力を鍛えることも怠りません。「監督から『ああしろ、こうしろ』と言われてやっても意味がない。自分たちで自発的に目標を定めて『やる!』と言わないと、モチベーションにつながらない」というのがその狙いなわけですが、それを象徴するようなエピソードがあります。
今回、ラスト10区を走った渡辺利典選手(4年)は、大会前の記者会見で「自分のテーマは”復讐”」と物騒な言葉を使って気持ちを表現。というのも、箱根の前の大きな大会(全日本大学駅伝。青学の結果は2位)で起用してもらえなかった悔しさを、今回の箱根駅伝にぶつけたい彼は、「快走して、やっぱりあのとき使っておけばよかった、と監督を悔しがらせたい」と決意を語ったのです。激闘を終えた翌朝の1月4日、私は「スッキリ!!」(日本テレビ)の現場で彼ら優勝メンバーと会う機会に恵まれました。
現場では渡辺選手自らの口から「復讐」のエピソードが披露されましたが、それを聞く原監督はひとつも動 じることなくニコニコとしていたのが印象的。むしろ「こういう『復讐』という語彙も、自分の中から出てくるからこそ意味がある」と解説を加えつつ、「言葉の力」を強調していたのです。
日ごろから「言葉の力」をたたき込まれているからか、メンバーたちのインタビューの受け答えが実にそつがないことにも、驚かされました。
その他、「学生が『僕はこう考えます』と言ってきたら、正反対の意見でも、まずは思うようにやらせてみる」など、チームマネジメントに役立つようなコミュニケーションテクニックは、数え上げればキリがないほどです。実は原監督の妻・美穂夫人も「言葉の力」に長けた人物のようです。
一介の中国電力のサラリーマンだったところへ監督の話が舞い込んできたのは、2003年のこと。オファーは3年間の嘱託契約で将来の保証はなく、しかも広島に自宅を購入したばかりだった原家。当然、美穂夫人は反対しますが、内心、本気で止めようとは思っていなかったのだとか。

「反対して反対して、それを押し切ってでも『やる』と言わせたほうが、夫としても強い覚悟ができるのでは」という狙いがあったそうで、そういう意味では原監督自身も、妻からの巧みなコミュニケーションにうまく乗せられたのかもしれません。
現在、監督夫妻はふたりで学生寮に泊まり込み、選手たちと寝食をともにしています。一見、のんびり放任主義に見える指導も、24時間・365日一緒にいて選手の状態を常に把握し、家族のような信頼関係あってこそのもの。
原監督流のやり方を部下とのコミュニケーションに取り入れようと思うなら、安易に「じゃあ、うちも言葉を大事にするぞ」などとぶちあげるのではなく、まずはきちんと部下と時間をかけて向き合い、確かな信頼関係を築くことから始めるべきなのかもしれません。

五百田 達成(いおた たつなり)
Tatsunari Iota
作家、心理カウンセラー
米国CCE,Inc.認定 GCDFキャリアカウンセラー、株式会社 五百田達成事務所 代表
30万部を突破した『察しない男 説明しない女』シリーズ、『不機嫌な長男・長女 無責任な末っ子たち』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)など著書多数。東京大学教養学部卒業後、角川書店、博報堂、博報堂生活総合研究所を経て独立。「コミュニケーション心理」「職場の人間関係」を主なテーマに執筆や講演を行う。

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原監督、理不尽な上下制度や奴隷的指導ぶち壊した 日刊スポーツ
青学大が、史上初の3連覇&大学駅伝3冠に輝いた。2位早大に33秒差をつけて迎えた復路。山下りの6区から早大を突き放し、2位東洋大に7分21秒差をつける11時間4分10秒で総合優勝を決めた。
青学大の原晋監督(49)が日刊スポーツに手記を寄せた。04年の監督就任から13年。当初は自前のグラウンドも寮もない状態からスタートした。中京大出身。箱根駅伝経験もなく、大学時代は本人いわく「5流ランナー」。実業団の中国電力では選手としてリストラされて10年間のサラリーマン生活を送った。そんな異色の指導者が3連覇&大学駅伝3冠を振り返った。
3連覇&3冠達成。勝つための組織の礎ができつつあると感じた。04年の監督就任時、陸上界には自分の学生時代と変わらない上意下達のシステムがはびこっていた。このままでは野球、サッカーなど他のスポーツに後れを取る。若者が陸上を選ばなくなると危機感を抱いた。従来の体育会の組織をぶち壊すと決意した。
原点は広島・世羅高時代にある。先輩に怒鳴られ、殴られることは当たり前。風呂では、後輩が先輩の髪を洗い流す。不合理で理不尽な習慣だった。2年の時、1学年上に1500メートル、5000メートルの高校記録保持者がいた。史上最強軍団といわれ、優勝候補にあげられ、NHKまで取材に来たが、全国高校駅伝(83年)は3位。その時、一体感の大切さに気付かされた。
3年で主将になると、悪習を撤廃。寮長と話し合いながらチームの和を重視した。前評判は1年上とは比べるもなかったが、(84年大会の)結果は2位と上回った。我々の代は「駄馬」と呼ばれるくらい弱かったが、一体感を持って取り組んだことで優勝まであと1歩に迫った。この経験は今も心に強く刻まれている。
指導者になってからも、選手を奴隷のように服従させる方法は排除した。自分が住み込む学生寮でも、掃除など雑用は学年関係なく、持ち回りでやる。逆に4年生が率先してやれと指導する。今の寮の門限は22時だが、みんな21時にはいる。先輩後輩の徒弟制度はない。寮がアットホームで楽しいから、外に遊びに行かなくていい。学年を超えて風通しの良い組織になっている。
支配型の指導法では長期的な発展性はない。自分は1年生にも意見を言わせる。ただ「ハイッ」と指示を待つだけの学生はいらない。選手が自分の言葉を持ち、自主的に考え、行動できるような指導を心掛けている。今の学生はゆとり世代といわれるが、理屈を教えれば、理解して自ら進んで向上する。最近は何か問題が起きても、学生たち自らが問題を洗い出し、解決へ努力するようになってきた。今回の結果も組織が成熟してきた結果だと思っている。
今後のライバルは他校もそうだが、野球、サッカーなど他のスポーツ団体になる。陸上の長距離界には忍耐、辛抱、根性のイメージが染みこんでいた。それが根底にあった上で、もっと華やかな競技にしていきたい。身体能力の高い子供を陸上界が獲得しないと、今後の発展もない。3年後には東京五輪も迫る。ケニア勢の記録が上がるのに、なぜ日本人の記録は上がらないのか。学生を指導しながら日本陸上界の改革に力を注いでいきたい。
最後に妻の美穂に感謝したい。中国電力という安定した会社員の妻だったが、13年前から2人で寮に住み込んだ。常に学生たちと接することで、自分以上にささいな変化を見ている。選手の不調を早めに気付いてあげることも、今回の結果につながった。今は私より学生に信頼されている。心からサンキューと言いたい。サンキュー大作戦は大成功だった。(青学大監督)


posted by リョウママ at 13:37 | 宮城 ☔ | いろいろ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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)新型インフル 全国平均「注意報」レベル超える

厚生労働省:健康:新型インフルエンザ対策関連情報

新型インフルエンザ対策

新型インフルエンザ - 毎日jp(毎日新聞)

感染症情報センター<パンデミック(H1N1)2009>

2009年新型インフルエンザの世界的流行 - Wikipedia

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