国際宇宙ステーション(ISS)に滞在中の宇宙飛行士、山崎直子さん(39)は日本時間12日夜、琴で「さくらさくら」を演奏した。山崎さんの健康管理を担当する医師は「宇宙に行き、さらに明るくなった」と語っているが、そんな妻の姿を“専業主夫”の夫・大地(たいち)さん(37)は万感の思いで見つめていることだろう。直子さんと同じく宇宙を目指していた大地さんにとって、10年に及ぶ主夫生活はきれいごとだけでは済まないイバラの道だったからだ。
《僕は君の“家政夫”じゃない》
直子さんが宇宙への第一歩として渡米した直後の2004年9月、雑誌「婦人公論」にこんなタイトルの大地さんのインタビューが掲載された。1人の男が長年の夢とキャリアを中断せざるを得なかった理由と心情を吐露したものだった。
大地さんは小学生時代にスペースシャトルのプラモデルから宇宙船に興味を持ち、中学時代は自作の天体望遠鏡で土星を観測。高校卒業後は宇宙飛行士を目指して東海大航空宇宙学科に進学したが、映画「アポロ13」に感動し宇宙ステーション管制官に進路変更した。
指導教官だった利根川豊教授(56)は「入学当初から宇宙飛行士に憧れていた。研究室では、宇宙に関するどんな小さな情報でも積極的に吸収していたのを覚えています。『将来は無重力状態でハネムーンをしたい』と本気で語るほど、宇宙に対して純粋な学生でしたね」と振り返る。
卒業後は国際宇宙ステーションを運用する三菱スペース・ソフトウエアに入社。日本の実験棟「きぼう」の管制官として筑波宇宙センターでキャリアを積んでいた1999年、直子さんと出会った。直子さんはこの年、宇宙飛行士候補に選ばれていた。
大地さんは翌2000年、NASA管制官候補として渡米。宇宙飛行士候補生として現地入りしていた直子さんと結婚した。翌年、計画通り長女の優希ちゃんが誕生する。
夫婦で時期をずらして取得した育休から復職した直子さんは01年、正式に宇宙飛行士に認定。直子さんは直後からロシアの訓練に長期参加した。事実上の「父子家庭」状態が続き、04年5月、帰国10日で再渡米が決まった妻に合わせ、大地さんはやむなく退職。“専業主夫”の道を決断した。
当時の直子さんは、日本滞在中も仕事やさまざまな付き合いで時間を割かれることが多かった。一方、大地さんは仕事をセーブして家庭を守っていたが、育児に加え、認知症の父親(04年死去)や精神障害を患った母親の介護という問題が襲う。先の婦人公論の記事では、離婚届を用意するほど精神的に追い込まれたと告白している。
その後、大地さんも渡米し、米国での生活が始まったが、ここで大地さんが環境適応障害を発症するなど苦難は続く。直子さんも自著で「一度だけ挫折を感じた」と述懐しているほどだ。
しかし今、テレビ画面に映る大地さんは充実の笑顔を見せている。利根川教授は「宇宙飛行士の妻をサポートする主夫業も、宇宙に携わる立派な役割と理解したのでしょう。彼は宇宙に関するベンチャーを立ち上げるなど、直接の関わりを絶ったわけでもないですし…」といたわる。そのベンチャーのビジネスプランは、すでに数々の賞を受賞している。
★年収は1000万円前後
一家を支える直子さんの収入はいかほどか? 直子さんはJAXA(宇宙航空研究開発機構)職員で準公務員となり、扶養手当、住居手当、通勤手当、宿舎や福利厚生などの待遇は公務員並み。「40歳で年収800万円程度」(関係者)という。ただし、NASAが宇宙飛行士に認定すると「宇宙飛行士手当」として本給が37.5%アップ。今回のように搭乗業務に従事すると、これが75%となる。さらに、米国勤務に伴う「在勤基本手当」が加わるため、現在の年収は「1000万円前後」(同)とみられる。もちろん、ミッションが完了して帰国すれば、これらの手当はなくなる。